012007年、通りとともに始まったフェア
青山通りと表参道を結ぶ通りを「青参道」と名付け、ショップスペースを利用してアートを展示・販売する。最初の紹介には、その簡潔な構想が記されていた。ジャンルや国籍を問わず多様な表現を並べる考え方が、ブティック、ヘアサロン、ギャラリーの集まる街の性格と結び付いていた。
初回の日付は「2007年10月31日[水] - 11月4日[日]」だった。作品を見る専用の施設だけを訪ねるのではなく、日常的に使う店の中で作品を見る形式だった。通りに入って寄り道をするという街の案内の言葉が、そのままアートに触れる入口にもなっていた。
022008年、27項目に広がった表現
2008年の出展者紹介には、作家の個人名、グループ、展覧会やデザイン企画など27の項目が並んだ。田中麻記子、大山エンリコイサム as OEIL、Nigel Scott、ANTE VOJNOVIC、MARIANA CORTÉSなどの名前が掲載された。27項目は個人の人数を表す数字ではなかった。
絵画や写真に加え、布を使った彫刻、光によるインスタレーション、レザーとシルバーを用いる表現も紹介された。若手デザイナーのリミテッドエディションを扱う企画は、作品と商品の間にあるものを主題にした。店を会場にする意味が、作品の素材や題材にも広がっていた。
032009年の会期と規模
英語の案内には「Oct.30th(Fri)-Nov.3rd(Tue/Holiday),2009」と会期が記された。翌年のフェア紹介は、2009年を第三回として振り返り、16店舗、25組のアーティストが参加したと伝えた。この数字は2009年の参加規模を示していた。
初期のフェアの目的は、街がアートで賑わうことと、若手アーティストの作品を購入する楽しみを知ってもらうことだった。手頃な作品もあり、このフェアで初めて作品を購入した来訪者も少なくなかったと紹介された。作品の所有を一部の人だけのものとせず、日常の延長で考える催しだった。
04次の年へ続いた店舗の展示
2010年の紹介にも、店舗スペースがアートを飾る会場になるという特徴が記された。2011年には表参道、原宿、キャットストリートへの広がりが前年からの変化として説明された。青参道という通りを拠点にしながら、鑑賞する人の移動は周辺の街へも広がっていた。
初期の各年を読むと、共通していたのはひとつの会場へ作品を集めることではなく、日常の空間にアートを加える姿勢だった。年ごとの作家や会期が違っていても、店の扉を開けることが新しい表現への入口になる、という街と作品の近さが一貫して語られていた。
